第17話  庄内竿の根             平成25年07月15 

 庄内竿の不思議の一つに根がついている事ではないかと思う。他の地方では決して考えられないことだと思う。竿は根で釣るものではないと考えるのが普通である。釣竿を手に持つと右手の甲の中にしっくりと来るものと来ない物が有る。その感触を手の内と云い、庄内の釣師はその感触を非常に大事にする。釣竿に合う合わないは、人それぞれで良い竿が必ずしもぴったりと来るかどうかは別物である。それを自分流に使いこなすのも、又一流の釣師であった。
 庄内竿は必ずしも根で釣る訳ではないが、奇麗で観賞に耐え得る見事な形を持っている事も良竿や美竿として自慢出来る事の一つである。根の近くを矯めるのは、相当の技術がなければ中々真直ぐには伸ばすことは出来ない。
 竿を手に持って見て分かる事だが、竿を手に持つと妙にしっくりと収まり具合が良い竿がある。そんな竿は大抵感覚的に魚動きまでが微妙に分かる。関東辺りの竹製のヘラ竿を使って見ると分かる事だが、手持って軽くしっくりしても機能面だけが、何故か前面に出て来る竿である。庄内竿を使っていた自分には使って見てまったく面白さのない竿であった。遊び竿としての胴に来る竿もあるが、数を釣るための先調子の竿が多い。要は機能優先の竿と云って良い。庄内竿の場合、先調子の竿はほんの少ししかなく圧倒的に胴調子の物が多い。
 庄内竿は他の地方の竿と比べて細くて強靭だ。何故強靭かと云うと細い割にとても肉厚である。だから長さの割に重く感ずる。だが、ヘラ竿で引きの強い黒鯛の引きに耐えるかと云うとはなはだ微妙である。その昔細く、弱いハリスや道糸を如何に耐えさせて大きな黒鯛を釣るかだけを考えて作られた竿だからである。そんな竿を釣りの好きな武士たちは手間暇をかけて何年も何年もかけて鍛えて作った。だからたかが竿ではあるが、名竿を名刀と比較出来る物として考えたのである。
観賞に耐える竿とは、細く長く何年もかけて煙で燻され漆をかけられたような色を呈しており、根の形が非常に良い事が必須である。これは通常美竿とも呼ばれるものである。多少見た目は悪いが、実践に使われると云う大きな真鯛や黒鯛、石鯛の引きに耐える実践竿がある。相当に曲がっていた竿でも翌日になるとぴちっと元通りになっている竿がある。その上にこの両者の良い所どりが世に名竿と呼ばれるものである。
 庄内竿の鑑定士であった本間裕介氏は云った。「庄内竿は作る竿ではなく、仕上げる竿であります。天生の美質を見出して、その美を完全に仕上げる竿であります。」と。庄内竿とは基本的に一本竿(延べ竿)であり、美しくあり、強靭であり、実践の竿でなければならない。